民話・民俗

ある動物の足跡

Posted by hsaitoh on 1月 24, 2012
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挨拶回りの途中で見つけた、ある動物の足跡です。

何の動物かといいますと、雉(キジ)です。普段は痕跡を見つけるのは難しいですが、雪が積もるとこのように活発に活動しているのが分かります。

「桃太郎」や「長柄の人柱」(「雉も鳴かずば撃たれまい」の出典)の昔話にも登場するように、もともと雉は人里近くで暮らす鳥なので、このように集落内の農地に巣を作ることが多いです。

雉は、周知のとおり「桃太郎」の説話では情報収集を担当しており(注)、地域の声を聞く挨拶回りの途中でその足跡を見つけたことに、何やら符合を感じたのでご紹介する次第です。

ちなみにこの画像の場所は、「桃太郎」の成立時期とされる室町時代の行政区分で言いますと、皇室領であった加地荘(かじのしょう)、現在の新発田市加治川地区です。

中世、阿賀北・五泉地域は現在の村上市荒川地区が国衙領(こくがりょう。いわゆる政府直轄地)となっていたほかは、荘園が大半を占めており、「荘園の世界」となっていました。

(注)この理由により、雉は防衛省情報本部のシンボルマークに採用されています。

http://www.mod.go.jp/dih/symbol.html

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乙宝寺(胎内市)

Posted by hsaitoh on 1月 15, 2012
活動報告 / No Comments

挨拶周りの途中、胎内市乙(きのと)の乙宝寺(おっぽうじ)にお参りしてきました。

奈良時代に開山された古刹で、写経猿の説話なども残されています。

新潟県公式観光サイト>http://www.niigata-kankou.or.jp/tainai/kanko/institution/353.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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雪について2題

Posted by hsaitoh on 1月 13, 2012
活動報告 / 1 Comment

 

Suginoさんから、23年12月30日付け活動報告「田んぼで食事をする白鳥」(http://www.saitoh-hiroaki.jp/blog/?p=293)について、

新潟では、普通に白鳥を目にするものなのねー。
雪景色も見たいな~。
(中略)けど、雪国の人にとって、雪は美しさを愛しむよりも、生活や生死のかかったものなのでしょうね。

とのコメントを頂戴しました。

Suginoさんがおっしゃるとおり、自然というのは何でも二面性を持っているもので、冬、恐ろしい雪害をもたらすこの雪が、農業のための水となって、秋に多くの実りをもたらしてくれることも事実です。

掲載した画像は、関川村の湯沢集落の積雪です。関川村を含む一帯の地域はブランド米である岩船産コシヒカリの産地で知られていますが、そのブランド米の実りは、上流に降る雪に負う部分も大きいのです。

昨年は災害続きの1年でしたが、活発な地震活動は、反面、日本に多くの温泉を湧出させています。

湯沢集落の名の由来も温泉であり、関川村には湯沢温泉をはじめとして、高瀬、鷹の巣、雲母(きら)、桂の関と5つの温泉がありますが、どれも素晴らしい泉質です。

また、コシヒカリに関連して言えば、昨年の豪雨災害をもたらした夏の多雨が、弥生時代以来の日本の稲作文明を支えてきたことも事実です。

自然の二面性を認識し、上手く付き合っていくことの重要性を痛感します。

雪といえばもうひとつ、思い出しますのが、『雪女』の話です。

当地の標準的な『雪女』の話は、非常にあっさりしたもので、およそ次のような内容です。

冬のある日、樵(きこり)が峠を通りがかると、満足そうな笑みを浮かべて旅人が凍えて息絶えていた。人々は、旅人はきっと雪女にたぶらかされたのだと噂した。

これは、雪女に会ったことを話してはならない、と念押しされたにも関わらず、のちに女房に話してしまったところ、その女房こそが雪女で、「話してはならないと言ったのに」という言葉を残して姿を消してしまう、全国的な『雪女』(例えば小泉八雲により紹介された武蔵国の雪女など)に比べて極めてシンプルです。

しかし私は、当地の『雪女』のほうが、かえって『雪女』の原型の成り立ちを良く残しているのではないかと感じます。

凍死は、道や防寒具が整備される明治初期までは、当地ではありふれた話だったようです。そして、低体温症状に陥るとしばしば多幸感や高体温などの錯覚を起こしますので、それによって幸せそうな表情で死んでいたり、わざわざ薄着になって凍死している人を見て、人々は旅人を惑わせて凍死させる『雪女』の存在を想像したものと考えられます。

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民話「火吹き地蔵さま」(胎内市黒川地区)

Posted by hsaitoh on 12月 26, 2011
活動報告 / No Comments

新潟県胎内市黒川地区(旧北蒲原郡黒川村)の民話で、「火吹き地蔵さま」という話があります。その内容は、

昔々、黒川村のとあるお地蔵さまは、毎年夏になると、松明のように燃えさかった。人々はこのお地蔵さまを「火吹き地蔵さま」と呼んだ。

というシンプルなものです。

私はこの話を高校の時に国語の先生から教わったのですが、当時からこの話に違和感を感じていました。なぜならこの話には導入部分もなければ(旅人が道に迷って林をさまよっていると…など)、オチもない(調べてみたら、お地蔵さまの下から小判が…など)、物語の起承転結の「転」の部分だけが抜き出されたような内容になっているからです。

先日、政治活動の合間に、新潟県の民話や民俗を在野で研究している方と話をする機会がありましたので、上記の話をすると、「もしかして関連があるかも」として、新潟県三条市に伝わる「お地蔵さまの火」の話を教えていただきました。

昔々、貧しい夫婦が住んでいた。ある年の大晦日、おじいさんはおばあさんの織った布を持って町に出かけたが、一つも売れず、正月の支度ができなかった。おじいさんが仕方なく家路につくと、6体のお地蔵様が雪に降られていたので、売れなかった布を頭に被せて帰った。

ここまでは、お地蔵様に被せるのがかさと手ぬぐいでなく、全て布であることを別にすれば、ほぼ標準的な「かさ地蔵」の話です。

夜、夫婦が寝ていると、お地蔵様が家に入ってきて、それぞれに米や餅や酒などの正月の祝いを持ってきた。

年越しの品を持ってきてくれるところも一緒ですが、家の中に入ってくるところが違います。そして、もっとも違うのが最後のお地蔵さまの行動です。

「布のお礼に火をやろう」一体のお地蔵さまがエイといろりを錫杖で突き穴を開けた。するとその穴から、燃える風が吹き出し燃え上がった。

この行動をするために、お地蔵さまたちは家の中まで入ってきたのです。…実はこの燃える風、今でいう天然ガスのことを指すと言われているそうで、三条には油田とガス田があったため、「燃える土」「燃える風」という怪現象が昔から知られていたので、その現象と「かさ地蔵」がくっついてできた話ではないか、というお話でした。

そして、黒川村の油田も昔から知られているので(日本書紀に天智天皇の時代に「燃える水」を献上したとの記録があります。)、もとは三条の話のように、起承転結のある、燃える水とお地蔵さまの話だったのが、年月を経るうちに起承転結の「転」の部分だけ残ってしまったのかも知れません。

(ご意見やご感想や、「火吹き地蔵さま」について何かご存知の方は、コメントをお願いします。)

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