思想信条

【お答えします】人権擁護法案について

Posted by hsaitoh on 12月 03, 2012
活動報告 / 1 Comment

>公式ブログで外国人参政権に関し、反対と書いておりますが、人権救済機関設置法案の賛否はどうでしょうか?自分は人権救済機関設置法案と外国人参政権で投票先について大きく比重をかけて考えているので賛否の方を教えてください。

上のご質問を電子メールでいただきましたので、お答えします。

人権擁護法案とは、独立性の高い人権擁護に関する国家機関を、裁判所を含む他の国家機関とは別個に設置し、「人権侵害」に対する速やかな人権の救済を行うという趣旨の法案です。

この人権擁護法案について、民主党は先の政権交代選挙のマニフェストに成立を目指す趣旨を記載し、今次の総選挙に向けたマニフェストでも、「人権委員会の設置に向け、人権委員会設置法を早期に制定する。」としています。

この人権擁護法案の制定には、私は反対です。

理由の第1は、人権侵害を理由に、報道に対する規制が強化されるおそれがあることです。

憲法上、報道の自由は、最も侵害されてはならない権利の一つとされています。なぜなら、報道の自由が侵害され、正しい情報が国民に伝わらなくなると、国民は選挙その他の国政に対する意思表示を通じて、国家をコントロールすることができなくなるからです。

人権侵害を理由として「迅速な救済」、例えば記事の差し止めや放送の中止などが行われ、それが国家に不都合な情報を隠すことを目的としたものであった場合、国民は正しい情報をもとに国家をコントロールすることができなくなります。

理由の第2は、人権委員会の委員の要件に国籍要件がないことです。

人権委員会は、「人権侵害」があるかないかを認定し、その行政的救済を速やかに行うという強力な国家権力を行使する権限を持ちます。その委員に外国人が就任する余地を残しておくことは、国民主権原理との関係で大きな問題があります。

外国人参政権に関する記事でも記載しましたが、わが国の国家権力の行使を行う者は、日本国民でなくてはなりません。

人権委員会を新たに創設し、人権委員の任命に当たって国籍要件を設けないことは、この大原則を曲げ、日本国民でない者に、日本国民の運命を預けることとなり、大きな問題があります。

私は、人権侵害はあってはならないし、なくなるように努力すべきと思う者です。しかし同時に、人権救済に名を借りた新たな人権侵害や、外国勢力の侵略行為もまた、あってはならないものと強く思います。

以上の理由により、私は人権擁護法に反対致します。

http://www.saitoh-hiroaki.jp/blog/?p=1357

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コメントにお答えします3/3(保守か否か・前編)

Posted by hsaitoh on 3月 01, 2012
活動報告 / No Comments

新発田市在住の佐藤さんからいただいていたコメントへの回答の3/3です(http://www.saitoh-hiroaki.jp/blog/?p=623参照

「斎藤は保守なのか否か」というおたずねについてです。結論としては(佐藤さんも肯定いただいているとおり)YESです。

2回に分けて詳細に説明したいと思いますが、今日はその前編です。

そもそもこの「保守主義」というのは、「自由主義」「社会主義」などと異なり、多義的な概念です。

なぜなら「自由」「社会」などの語は、それ自体に一定の価値観を内包しているのに対して、「保守」はより中立的な言葉で、「何を保守するのか」によって、意味がまったく変わってくるためです。

例えば冷戦後に旧共産圏では共産主義回帰派が「保守派」と呼ばれましたので、報道などで若干混乱がみられました。

ここで私が大学時代に専攻した政治学の助けを借りたいと思います。

政治学者アンドルー・ヴィンセントは、『現代の政治イデオロギー』(重森臣広監訳、昭和堂)で、保守主義をいくつか分類して定義付けしています。この分類によりながら、私の主義主張の立ち位置を確認したいと思います。

(1)伝統主義的保守主義

まず慣習、慣行、そして伝統の概念をもっとも大事にする伝統主義的保守主義です。これについては、祭礼や歴史や地域の慣行などを重視すべきという私の考えと親和的です。

注意すべきは、この伝統重視の考えと、無条件の現状肯定は一致しないということです。

現在、年金制度や原発行政の在り方など、様々な国の制度疲労が明らかになっています。

伝統を守るには、その担い手である地域の暮らしや経済を守ることが必要ですので、そのために必要な改革に取り組むことは不可欠であり、そのような改革は、「伝統主義的保守主義」と何ら対立しません。

例えば、日本の国柄は、近代国家となった明治維新より以前、江戸時代までにほぼ完成をみた、とされています。

伝統的保守主義とは、多くの場合、このころまでに確立した慣習、慣行のうち、例えば地域コミュニティの結びつきや、祭礼などを通じた文化の伝承などを重視する考え方です。

(2)パターナリスティックな保守主義

パターナリズムは、「父権主義」と訳されます。国家は、国民の利益を保護するため、事前規制・事後の規制やその他政策の面で、ある程度保護者的な立場から振る舞うべき、とする考え方です。

この考えが行き過ぎると統制経済に限りなく近づき、経済合理性を欠く過度の規制が温存されるなどして経済の活力が失われることとなりますが、私は現在の日本は規制緩和が過度に行われている分野があると認識しています。

例えば、年金運用について許可制から届出制に変えたところ、多くの年金運用団体から年金を預かり運用していたAIJの破たんの問題が起きていますが、このパターナリスティックな保守主義の観点から、年金運用については、今後の規制再強化を検討すべきと考えます。

ここで注意していただきたいのが、このパターナリズムが、必ずしも経済効率を犠牲にするものとは限らない、ということです。

つまり、規制緩和は行き過ぎると、市場活性化というプラスの面よりも、国民生活へのマイナスが大きくなるため、国家が一定の規制を行うことは、かえって長期的に経済的にもプラスだ、という発想です。

(次回、後編として、(3)リベラルな保守主義、(4)ニューライトの保守主義、の観点からも私の主義主張を整理検討した上で、佐藤さんのコメントに対する結論を改めて述べたいと思いますので、どうぞお付き合い願います。)

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