2012.03.12 震災から1年(交通網維持の論点)

東日本大震災発災から1年が経過しました。

震災で亡くなった方のご冥福と、一刻も早い行方不明者の発見と、被災地の生活の早期再建を祈念します。

(発災時間である午後二時過ぎには村上市におり、私も同行者と黙とうに参加させていただきました。)

挨拶周りの帰路、思い立ってJR越後早川駅(村上市内)から列車(村上駅以北は電車は走っていないため電車とは言いません。「汽車」という人もいます。)に乗りましたところ、画像の風景に行き当たりました。

この画像をご覧いただくと、違和感を感じられることと思います。

その違和感の原因は、真ん中のホーム右側にもう一本線路があるべきところを、それが剥がされているため、空間が間延びして見えることにあります。

このように線路を剥がす理由は、民営化後のJRの経営合理化のためです。

つまり、国鉄時代は、羽越本線(新津~秋田)は日本海側の物流を支える大幹線であり、かつ安全対策などにも余裕をもって投資を行っていたため、越後早川駅でも列車の行き違いができるように線路を3本敷いていました。

駅に線路が3本あれば、上下線の列車を同時に停車させ、優先順位の高い、より重要な列車を通過させることが可能になります。つまり駅に線路が3本ある状態が、有事に柔軟に対応できる最小限の体制ということになります。

それが、保守点検費用などの観点からは、いつあるか分からないダイヤの乱れや有事対応のために3本目の線路を維持しておくのは「非効率」であるため、民営化後この「三本目の線路」を撤去する「合理化」が進められました。

もちろんこの「合理化」を一概に否定することはできません。JRは国も株主として資本参加しているとはいえ、基本的には民営企業ですから、コストカットを行うことは必要であり、かつそのコストカットこそが、国鉄を民営化した大きな理由でした。

しかし一方で、阪神・淡路大震災が起きた当時、太平洋側の山陽本線が通行不能になったため、日本海側の山陽本線などのう回路に貨物列車を回したところ、上の越後早川駅と同様に「三本目の線路」を剥がした駅が多かったため、臨時ダイヤを思うように組めず混乱を来したという事例もあります。

羽越本線という日本海縦貫の幹線の駅施設にも、ある程度有事に備えた柔軟性を持たせられるだけの投資をJRに行わせることができるよう、国土交通省、内閣府などが連携して、阪神・淡路大震災の教訓に基づく取組を進めるべきです(税制などの面で災害対策のための投資にインセンティブを持たせるなど。)。

さて、改めて画像を見ていただくと、左手の線路を貨物列車が通過しています。

村上駅以北は旅客扱いの面ではローカル線の扱いで、1日10往復程度が走っているにすぎません。

しかし、北海道・青森方面から関西方面へは羽越本線経由が最短ルートであり、旅客列車を上回る本数の貨物列車が毎日通過していきます。また、東日本大震災で東北ルートが遮断されたときは、相当な量の物資が運ばれました。

物流の面では、羽越本線は今なお日本縦貫線の大動脈です。

都会の大幹線と同様の投資を行うことは無理としても、災害など有事に備えたある程度の投資を継続して行うことが必要と考えます。

Posted by hsaitoh on 2012年 03月 12日
活動報告

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