2012.02.19 政治家が幕末の志士であってよいのか

橋下大阪市長が代表を務める『維新の会』が「政権構想の骨子案」として「船中八策」を公表しました。

もともとの「船中八策」は、いうまでもなく、幕末に、坂本竜馬が幕藩体制に変わる変革案として立案したもので、有力諸侯による合議政体の確立などを骨子としています。

さて、この「船中八策」に限らず、改革派のイメージがあるためか、政治家が幕末の志士と自らを重ねてアピールをする場合がみられます

例えば菅直人前首相は高杉晋作(長州。武士以外からなる武装集団「奇兵隊」の創始者)を「尊敬する人物」として挙げ、組閣時には、自らの内閣のネーミングを問われ、「奇兵隊内閣と呼んでもらいたい」と答えていました。

しかし私はこのような風潮に疑問を感じます。すなわち、政治家が維新の志士であって良いのか、という疑問です。

江戸幕府は、その統治政策により、外様大名や一定以上の規模の大名に、国政への参加を意味する老中(大老)の就任を認めませんでした。

そのため、いわゆる薩長土肥のような西国の有力諸藩の諸大名家では、幕末期の政治経済の行き詰まりの原因を外交をはじめとする幕府の失政に求め、倒幕の手段として「尊皇攘夷」(皇室・朝廷の権威を回復し、外国勢力を打ち払う)をスローガンに、ついに幕府を倒すに至りました。

しかし問題はそのあとです。

権力を掌握するや、明治新政府は、「尊皇攘夷」を放棄し、江戸幕府の開国路線を継承しました。維新の志士にとって、「尊皇攘夷」はあくまで体制転覆のための手段にすぎず、また当時の国内外の情勢を踏まえて立案された政策ではなかったのです。

そして、江戸期には合法的に権力を幕府から奪取する手段がなかったので、いわば「革命の論理」として「尊皇攘夷」もやむを得ないかも知れませんが、現代の政治家は、選挙という合法的・民主的手続を経て権力を掌握する道が開かれています。

その現代の政治家が、維新の志士と自らを重ね合わせて考えるのは、あまり適切なこととは思いません。

幕末期、幕府内でも体制の行き詰まりには強い危機感が抱かれており、洋学を学んだ者を中心に多くの開明派の人材が登用されました。

「江戸無血開城」で著名な勝海舟は旗本小普請組という小身から軍艦奉行に任ぜられましたし、外国奉行・勘定奉行などを歴任した小栗忠順(ただまさ。上野介とも)は、横須賀に造船所を建造するなど日本の近代化に多大な貢献をしました。

この横須賀の造船所については、ある者が小栗忠順に、幕府の運命が尽きようとしているのに、なぜ造船所をつくるのかと問うたところ、

「土蔵付きの売り家を後に残すのも良いではないか。」

と答えたとのエピソードが伝えられています。

現代の政治家は、このように幕府の体制内、つまり実際に権力の地位にあって、倒幕後の日本の将来を見据えて政策に取り組んだ人物にこそより多くを学ぶべきです。

菅直人前首相は、内閣総理大臣という地位にありながら、自らの内閣を「奇兵隊内閣」としました。「奇兵」とはいうまでもなく、「正兵」と対になる言葉で、正規軍でない、幕末でいえば武士階級でない兵隊のことです。

しかし最高権力者がこのような発想でいたことからして、菅内閣の一連の失政は当然だったと思っています。一国の国政を預かる者が、自らの内閣を「正規軍でない」と言ってのけてしまうこと自体、資質を疑わせます。

また、鳩山邦夫元総理大臣も、麻生政権末期、自らを坂本竜馬になぞらえて自民党を飛び出し、大きな批判を浴びました。

以上のとおり、私は、現代の政治家は、維新の志士を安易に気取るべきではない、と考えます。

Posted by hsaitoh on 2012年 02月 19日
活動報告

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2 Comments to 政治家が幕末の志士であってよいのか

  • ふじた より:

    司馬遼太郎さんの言葉に「明治を創ったのは、2流の人間達だ。明治政府発足の源流をなす1流の人間達は、戦乱のうちに命をなくしている」。という言葉があったような記憶があります。自らを先人達になぞらえるのは、お好きなようにという感じですが、「殺される覚悟で」お仕事をするのかどうかが不明です。また、歴史用語を自分の政策に使うのは、発想がカビ臭い。少し残念な気がします。

  • おおはし より:

     全く同感。大河ドラマや司馬遼太郎の小説等の影響で、倒幕・佐幕を問わず、幕末の人物の生き様を賞賛する風潮は、少なからずありますよね。一部政治家がそういった風潮に乗っかってイメージUPを狙っているのか、もしくは自身が憧れているのか・・・いずれにせよ、最小限の歴史検証を行わずに、安直に自分を幕末の人物になぞらえるのはいかがなものか、と私も思います。故人への冒瀆にもなりかねませんしね。

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